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第9話 疑心

Author: 文月 澪
last update Last Updated: 2025-05-20 16:00:39

 ちょろい奴。

 階段を登っていく後ろ姿を見送りながら、俺は鼻で笑った。ちょっと可哀想なセンパイを演じてやったら、アイツすんなり信じてやんの。

 ま、教室が居心地悪いのは本当だけど。

 その上『お昼ご飯をご一緒に』ときたもんだ。これこそ飛んで火に入る夏の虫。アイツの化けの皮を剥がすには、絶好のチャンスと言える。

 初対面が今朝だから、まだまだ探りを入れないとな。

 アイツを知ったのは、新学期が始まってすぐだ。2年の冬休み前に停学を喰らったから、俺を知らない新入生がギャーギャー騒ぎながら、背後からぶつかってきた。よろける俺を意に介さず、向かった先にいたのがアイツだ。

 いっこ下なのに『オウジサマ』の噂は俺の耳には届いていなかった。数少ないツレに聞いてみたら、注目され始めたのは俺の停学と同じ頃かららしい。

 それは何気ない体育の時間だったそうだ。バスケットの最中に、跳ねたボールから身を挺してクラスメイトを庇った事がきっかけ。それまでは『かっこいい女子がいる』程度だったものが、一気に『オウジサマ』に昇格したんだと。

 ボールで強打され体に痣を作っても、クラスメイトを気遣う姿が神々しかったとかなんとか。

(ほんと、馬鹿ばっか)

 そんな他愛ない事で、ここまで騒げるのはいっそ天晴だ。

 アイツも、チヤホヤされて天狗になってんじゃないかと思っていたが、どうも違うみたいだった。周囲が変わっても、アイツは変わらなかったという。

 これまでに手に入れた周囲の評判も、ほとんが好意的なものだった。俺のツレでさえ、アイツの事は手放しで褒めている。

 教師には下手に聞けないが、多分同じだ。

 そんな中でも捻く

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